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商業繁殖・生体販売の意味すること [アニマルウェルフェア]

はじめに、この記事は、簡単に、短く書いてしまうと誤解が生まれる恐れがあるので、前回にも増して(かな?)長いです(笑)。

なのでおつきあいくださる方には最初にお詫びします。


前回の記事、関心が高いトピックのようで、とてもアクセスが多かったようです。

とても貴重なコメントをたくさんいただいたので、少しここにご紹介したく思います。

コメントくださったみなさま、ありがとうございました!個別にお返事しています(この記事を書く時点までのコメントに対しては)。

♡ まず、犬の周囲ではご自身やお子さんに気を付けるようにしているポイントを書いていただいたコメントがいくつかありました。大声を出さないとか、じっと見ないとか、犬と暮らす者にとっては基本的なことですが、意外と知らない方も多く、こうしてもらえると事故も防げます。

♡ 次に、犬に噛まれたり倒されたりという事故があったというコメント。まずは気を付けないといけないな、と改めて思います。そして、それでも(少し不安になる時もあるけど)犬は好き、というコメントもあります。例えばものすごく向こう側に行って(笑)犬をよけて歩く方の中には、「嫌い」ではなく「怖い」という気持ちでそうする方がいらっしゃること、私達としても忘れがちです。

♡ やっぱり犬や猫など動物と、特に小さな子どもとの関わり方は、考える必要があるということに同感ですというコメントも多いです。子どもさんがいらっしゃる方からのとても貴重なコメントがあり、私としても参考になりました。

♡ 動物は本来その動物である、ということを意識して気を付けているというコメントもいくつもありました。大型犬と小型犬の事故しかり、可能性を常にリスクとして意識してます、ということでした。

♡ 最後に、商業繁殖・生体販売、メディアでの動物の偏ったイメージについても、たくさんコメントいただいてます。猫ブーム、「カップサイズ」や小さな体格の犬の繁殖、ペットショップでの価格が上昇している傾向、TVでの赤ちゃんをあやす犬など特定イメージを強調した映像などについて、コメントいただいてます。

今日の記事はこの最後の点について書きたいと思います。


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生体販売・商業繁殖。

まず、私が今日ここに書くことは、「愛玩動物」、いわゆる一般人のペット、についてに限定しています。

要点を先にまとめますと...

① 背景:アニマルウェルフェア(動物福祉=動物の幸せ)の概念は、日本でもここ数年で加速化。

② 倫理的考察1:商業繁殖・生体販売は、「動物全体の幸せ」を考えると、倫理的理由からしない方がよい、すべきことではないと言うことができる。

③ 倫理的考察2:どんなに善意に基づいていたとしても、愛玩動物を繁殖し商業利用することは、「死」という生きものにとっての最大の不利益のリスクをはらんでいるため、人間側の利益がそれを上回らない限り、正当化することができない。そして現状、上回るとは言えない。

④ 倫理的考察3:上記理由の中には、人間側にはより倫理的に望ましい選択肢(保護動物の引き取り)が存在するから、というものがある。「不必要な愛玩動物」がいなくなるまでは、繁殖モラトリアムを行うことが倫理的に正しいと言える。

⑤ 補足:ただし、管理センターへ業者が持ち込みをできなくなった現在、「保護動物」を引き取る善意に、商業繁殖・生体販売をする業者が支えられているという新たな構図も出て来ている。

以下、もう少し説明しつつ書いています。


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① アニマルウェルフェア(動物福祉=動物の幸せ)の概念は、日本でもここ数年で加速化

商業繁殖・生体販売についてはずっと書き続けてきたことですが(このブログでのカテゴリーとしては、「every dog has a story...」に多く入ってます) ...

ちょうど来年2018年は、動物愛護管理法というペットを含む動物の取り扱いについて決めた法律の見直しが行われます。

また2020年のオリンピックに向け、生体販売の地域限定禁止や「殺処分ゼロ」を目指す運動もずいぶんと高まりを見せています。

さらにいうなら、ペットとは違いますが畜産動物のウェルフェア認証も、2016年夏からスタートしています(こちら)。

私がアニマルウェルフェアについてリサーチを始めた20年前から比べると、ここ5年で日本のAWは加速化しています。

法律の改正などの働きかけも経験がありますが、社会的に、そろそろ本気でこのトピックを抜本的に見直す素地は出来てきている、と私は感じます。




② 商業繁殖・生体販売は、「動物全体の幸せ」を考えると、様々な倫理的理由からしない方がよい、すべきことではないと言える

これは、いわゆる「功利主義」と言われる考え方を基礎にした、ピーター・シンガーの理論が基本ですが、とてもシンプルでありながら打破するのは難しい理論です。

(使役動物でなく)愛玩動物に限って言うならば、あえて思い切った表現をすると人間の「(癒しを含めた)娯楽」のため → 人間の「娯楽」という「利益」と彼らが商業繁殖や生体販売で受ける「不利益」を比較する → 動物の「不利益」が大きすぎる

この「不利益」は、死産、ショップに行く前に病気で死んでしまう個体、売れなかった個体、疾患などを理由に売れない個体が処分され死ぬことなどを指します。



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③ どんなに善意に基づいていたとしても、愛玩動物を繁殖し商業利用することは、「死」という生きものにとっての最大の不利益のリスクをはらんでいるため、人間側の利益がそれを上回らない限り、正当化することができない。そして現状、上回るとは言えない。

つまり、人間の娯楽のためにあえて死ぬ個体が出るリスクがあることが分っている「繁殖」をすることは、倫理的に見ると正しいことではない、ということです。

それがどんなにその動物が好きで、自分の繁殖する個々の動物の幸せ(ウェルフェア)にコミットしていても、良心的に大切に繁殖をしていても、そしてどんなにその動物たちから幸せを感じる買い手がいるとしても、です。

動物倫理学的には、生きものにとって「生きて幸せを感じる」ことが利益であり、「死ぬ」ことは一番の不利益である、と考えられるからです。

さらに、繁殖する、そしてあえて繁殖された個体をペットショップやブリーダーから選ぶ理由の多くが、前回の記事で書いた「機能」と「見かけ」のため、あるいは「たまたま」であることも、その理由です。

そして驚くほど多くの場合、「見かけ」重視の購買・繁殖がなされています(大きさ、色、耳やシッポの形など)。

ちなみに大型店舗が中心となってきた生体販売では、個体価格が2倍になっているとの報告もあります。

そのために動物が払う犠牲の中に、その特徴を出すために類似の遺伝子を持つ個体をかけあわせることで生じる遺伝的疾患があることは、前回も書いた通りです。

股関節形成不全、視力喪失、アレルギー、臓器疾患、など、例を挙げるときりがありません。

猫でも、マンチカンは足が短くて(うちの三ちゃんもちょっと短足ですが( ´艸`))「かわいい」のが特徴ですが、その短い脚のために関節が動かなくなったり。

だから、動物を繁殖するということは、「死んでしまう個体」や「遺伝的疾患が出る」リスクを伴う行為であり、それだけの不利益を動物に負わせる正当な理由を人間が持っているとは、一般の私たちが一緒に暮らす相手としての「愛玩」動物の場合に限って議論すると、考えられないからです。

そして、そうした個体に愛情を持っていた人間の方も、悲しい思いをしなくてはなりません。



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これは、すでにペットショップやブリーダーさんから動物を買って現在大切なパートナーとして暮らしている方々や、そのパートナーである動物たちを批判したり偏見を持つこととは違います。

現に私自身も、先代犬のパフィーはブリーダーさんから(両親が)買いました。

その頃はこういう考えに触れておらず、ただただかわいい仔犬を見に行き欲しくなった、というお気楽な選択でした。

ですから、同じように今のパートナーと出逢った人の気持ちもよくわかります。

もちろん、今はここに書いてるような考えを知ってしまったため、個人的に検討はしてほしかったな、という気持ちはなくはないです(笑)。でも、私は今は純粋に、幸せにしているペアを見ると、出処はどうあれ純粋に、愛を見つけられてよかったね、という風に思います。

それに、ある調査によると(週刊東洋経済、2016年9月10日号, p. 86)、ペットショップから動物を買った人のうち1/3強以上の人が、次はショップ以外から、と答えたそうです。


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④ 上記理由の中には、より倫理的に望ましい選択肢(保護動物の引き取り)が存在するから、というものがある。

今、「不要」とされる犬猫がいる以上、まずは余剰の個体を生み出すよりすでに存在する個体を引き取る、というのはどう考えても一番効率のいい考え方です。

下は、環境省の発表したH27年度犬猫の引き取り数(ただし下に書くようにここに出てこない個体数は、把握しきれていないため、実際の「不要」犬猫は、もっともっと数が多いです)。


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「不要」犬猫がゼロになった時初めて、また繁殖、ということを考えればよい、というのが、一番理にかなっています。

年齢とか大きさとか細かいことはいったん置いておくならば、これは誰も否定しないことだろうと思います。

実際は完全に繁殖をゼロにするのではなく限られた一部の繁殖を認めることになるでしょうが(犬種存続や使役犬の存続を求める声があります)、まずは、私のようなごくごく一般大衆のための「商業繁殖」のモラトリアムはあってもよいのではないかと思います。

ただ、政府が突然、そうしたモラトリアムを設けるとは思いませんし、欧米型と異なる日本の「個人の自由」を尊重する法体系上も、産業界からの反発もあり、ほぼ不可能でしょう。

これはあくまで、「消費者」である私たちが、「何を選ぶか」ということです。

需要が激減すれば、今ペットを繁殖・販売しているビジネスは、他のビジネスモデルに移行できるよう、動いていくはずだからです。

消費者である私たち一般人が、意識して選択を重ね、声をあげていくしかないのです。

ただ、ここにまた複雑な構図が存在しています。


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⑤ 「保護動物」を引き取る善意に、商業繁殖・生体販売をする業者が支えられている構図も出て来ている

例えば、犬猫の「引き取り屋」という商売が存在しています。

ペットショップやブリーダーからの「不要」犬・猫を持ち込めるところです。一頭あたり数万円の謝礼であるとされているそうです(週刊東洋経済、2016年9月10日号、p. 78)。

また、ブリーダー崩壊(多数の個体を抱えきれなくなる状態)などから出る個体を保護→譲渡する、「シェルター」を持っているペット業界協会があるそうです(同上、p. 81)。

さらにそのシェルターに、ペットショップからはペットフードの寄付があるとも書かれています。

「殺処分数が減った」という「事実」も、実は裏側に、以前であれば動物管理センターに持ち込まれていた動物が、いったん別の場所(上記や保護団体など)を通して引き取られていく、という新たな構図を内包しています。

もちろん、犬や猫を直接保護したり管理センターから引き出しをしているボランティアさんの貢献とセットです。

そして、ボランティアさんはいつもキャパオーバーです。

本当は、殺処分自体が減っても、犬猫のサプライチェーンが変わっただけで、死んでいる個体や「不要」個体については同じ、あるいはペットの増加に伴い増えていると考えることもできます。

本来は責任を取るべき業界の「不要」や「売れ残り」の犬猫が、長いサプライチェーンを通して様々な人の善意により「ロンダリング」されるという、皮肉な構図があります。

だから、まずは大元を絶たないとこの問題は解決しないのです。

今の「猫ブーム」「ネコノミクス」が心配なのは、これまでは猫は引き取ったり拾ったりが中心であったのが、ペットショップで大々的に猫を売り出すようになってきたことがあります。

そして、これまでより繁殖される個体が多くなったことです。


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「すべての動物(every dog & cat)」の「利益」を考えよう、というのがパフィーズの Every dog project です(名前は cat も入れないといけないので改訂考案中!)。

そして、これがパフィーズでは当初から、生体販売をしているお店には商品を置いていただかないようにしている理由です。

今商品を置かれているところはみなさん、最初から生体販売はされていないですし、契約の際はこの方針にサインをしていただいています。

ビジネスとしてなかなか大きくなりきれないのかもしれません。

でも、Mikeさんも同じですが、犬猫の幸せレベルを引き上げるために始めたビジネスで、彼らの幸せを損なうようなことには加担できません。


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わかるけど... の「けど」に続くことを考えてみると、自分がどう生きて行きたいか、というクエスチョンにも繋がるトピックであるんだなあとも思います。

私自身のことで言えば、確かに月ちゃんは、愛らしく愛されて生まれてきた幸せパピーちゃんとは違い、予測不可能なこと、面倒な性質、そんな面も持ち合わせていて、いい意味でも私を驚かせっぱなしでした。

でも、そんな月ちゃんだからこそ教えてくれたことがいっぱいあり、私と月ちゃんの絆は深まっていったし私は成長できました。

これが、Giving is receiving ということなのだなあと思います。

三ちゃんの場合は、フレンドリーすぎて「もうけもの!」の一言につきます(笑)。これも、Giving is receiving。

でも、長くなったので、いったんここで終わりにしますね。

またまた長文におつきあいいただいた方、ありがとうございました。

そして、とうとうメディアでの動物の扱いについて書くつもりが、行きつきませんでした!

が、最後、月ちゃんのきれいな瞳で終了です。


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こちらは月ちゃん・三ちゃん・私の日常 ↓

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犬と赤ちゃんの事故のこと [アニマルウェルフェア]

掲題の事故について、ゴールデンをアイコンとしている私が何も書かないわけにはやっぱりいかないだろうと思い、やっとセミナーも終わったのでここに書くことにしました。

あえてアニマルウェルフェアというカテゴリーに入れましたが、動物の福祉(幸せ)を考える社会というのは弱者の幸せを考える、つまり人間にとっても優しい社会にもつながる、という意味で、こちらにしています。

大変長くなると思いますので、ご興味のある方だけ... お付き合いください。



まずは、この事故のことをご存知ない方のため、1週間ほど前に、ゴールデンレトリバー(4歳・オス・37kg)が10か月の赤ちゃん(女の子)を噛んで赤ちゃんが亡くなってしまったというものです。

ゴールデンは赤ちゃんのお母さんの実家の犬、その事故が起きた時は室内でフリーにしていて、おじいちゃん・おばあちゃんが同室で赤ちゃんと遊んでいる時、突然ゴールデンが問題の行動に出た、と記事にはあります。

普段は従順な犬だった、ということでした。

まずは、短すぎる人生を突然奪われてしまった赤ちゃんのご冥福をお祈りし、複雑すぎる悲しみを抱えていらっしゃるであろうご家族のため、心から哀悼の意を表したいと思います。



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新聞記事やSNSの記事なども見て、今私が考えることは、まずは当事者でないと本当の理由や原因はわからないという視点に立ち、何かを言い切ったりすることはできないということ。

ですから、私の書くことはこの事故に特化したことではなく、この事故を踏まえたうえで、社会全体として私たちはどういうことを目指す必要があるのか?ということです。

主に以下の3点になります。

① 例えばそれが「ゴールデン」というフレンドリーとされる犬種であっても、犬は犬(Canis lupus familiaris)という生物種であって、人間社会では自制をしつつ暮らしているということを、私達人間は忘れがちであるということ。「〇〇は△△」というような、「犬種信仰」が強すぎることは人間にとっても、犬にとっても問題の原因となりかねないことをもっと意識する必要があるということ。

② 犬(や猫、動物全般)にとって人間の赤ちゃんや子どもというのは不可思議な動きをする小さな生きものと映る場合も多いと思われる。動物と赤ちゃん・幼児の関わり方について、もっと社会全体で考えルールを徹底する必要があるということ。

③ 犬や猫は、興味のあるなしに関わらず、すでに社会に存在しているため、彼らを取り巻く状況や関わり方を社会の構成員すべてが学び考える必要があるということ。


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まず、①についてですが、この事故が犬好きの人にとってより大きなショックであったようなのは、これがゴールデンという、フレンドリーで人間好きと一般にはされている犬種であったことが理由のようです。

たしかに、ゴールデンと暮らしていた私自身も、そしてニュースを見てすぐに電話をかけてきた両親も、同じ反応は当初持ちました。

今から考えると、私も両親も、かなりお気楽にパフィーと暮らしていたと思いますし、よく小学生くらいの子どもたちが勝手に入って来てパフィーと遊んでいたこともあり、単に運が良かったのかもしれません。

より野性味の強い(凶暴ではありません)月ちゃんと暮らして私は初めて本当に、犬は犬であり、犬の本能を押さえつつ私たち人間社会で暮らしていることを教えてもらった気がします。

こういう暮らしは犬・猫本来の「自然な暮らし」ではなく、ただ何千年以上も人間と暮らして来て彼らは合わせる術をしっかりと身に着け脈々と受け継いできた、ということです。

犬は特に、人間のベストフレンドと言われる通り、人間を非常によく理解します。


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でもそういう面と、本能的に、衝動的に動いてしまう動物の部分と、両方持っていることを、私たちは普段忘れてしまっているかもしれません。

そこに輪をかけるのがこの犬種へのこだわりと、「ゴールデンはフレンドリー」「秋田犬は忠実」「キャバリアは飼いやすい」「ボーダーコリーは仕事が好き」といったような定義だろうと思います。

たしかに、そういう特性を増長させるために、人間は同じ犬種どうしをかけ合わせブリーディングをしてきました。

ではゴールデンの個体のすべてが、そして彼らの24時間のすべてが、この定義に当てはまるかというと、実はそうではない、ということは、同じ犬種の違う個体と暮らしたことのある方にはわかるのではないかと思います。

私たちは、この Canis lupus familiaris という生物種を人工的に操作しつづけ、その結果得られると期待する特徴に、過剰な自信を持ちすぎていないでしょうか。


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これは、特定犬種を売りたい側からの、「〇〇は△△ですよ」とする影響もあるかもしれません。

これがなくならない限り、犬は犬、猫は猫、ということを受け入れない限り、商業繁殖も生体販売も、なくならないのではないかと私は心配になることがあります。

そして、そういう目で見られることが、人間社会に合わせることを過度に期待されることが、犬猫にとっての福祉(=幸せ)に影を落としていることは、彼らの健康状態を見ればわかります。

私は犬猫の行動学エキスパートではないので、パフィーズで見てきた健康面でしか話ができませんが、遺伝的疾患を持って生まれる犬・猫(特に犬)が多すぎる、その結果薬漬けになり体調を取り戻せない犬・猫が多すぎる。

これは、人間が長い長い間かけ、特に犬に関して「機能(フレンドリーであることもあえて含めます)」を求めすぎた結果だろうと思います。

それが、その機能を過信させるという社会を作り上げたかもしれません。

ある程度は、前述の通り、犬猫を販売している側からの、売るために発信していることの影響だと思います。



次に、② の、 犬(や猫、動物全般)にとって人間の赤ちゃんや子どもというのは不可思議な動きをする小さな生きものと映る場合も多いと思われる、という点について。

これは月ちゃんと三ちゃんを見て毎回思うのですが、①で書いている「犬の本能」は、小動物を見ると追いかけたい、何かしてみたい、というのが基本である、と思っておいた方が良いのだろうな、ということです。

「三ちゃんを追いかけてはいけない」「噛んだり、手をかけてもいけない」ということを、1か月かけて教えましたが、外ではやっぱり猫を追いかける月ちゃんが、家ではそのルールを徹底できているのはすごい、と思うのです。


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月ちゃんが三ちゃんとは基本遊ばない、と決めているのは、もしかしたら遊んでしまうと自制に自信が持てないと思っているからなのかなあ... と思う時があり、それは、私がカーペットに一緒に座っている時にだけ、二頭はエキサイトして遊ぶからです。

三ちゃんは用心深く、また、高い場所に逃げることができるので、今は二頭だけで留守番していても安心していますが、人間の赤ちゃんや幼児には同じだけの判別能力・運動能力はまだありません。


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また、月ちゃんはかわいい見かけのため(( ´艸`))よく「あーワンちゃん♡」と、小さな子が触りたがります。

「ゆっくり来てね」とは言うのですが大抵はエキサイトして走ってしまう小さな子達。

中には手に何かを持って叫びながらやってくる場合もあり、今はたいてい、「あー♡」と興味を示される前にすたすたと通り過ぎるようにしています。

この私の行動は感じが悪いのですが(笑)、月ちゃんが怖くなり吠えてしまうというパターンが多いため、知っている子、保護者が一緒に場合だけ、じっくりと対面させることにしています。

つまり、月ちゃんを見ていると、本当に小さな赤ちゃんは、「どういう物体だかわからない」ようで(笑)怖くない、動き出し特に走り出すと「どう動くか分からない怖い生きもの」でも「追いかけてみたい」となるようです。

しかしそんな事情を持つ犬がいるなんて!と驚かれることも多い月ちゃん家近隣(小型犬がほとんど)。

よく、小さな子を連れたお母さん・おばあちゃんが、「ほらほら、ワンちゃんよ」と視線を促します。

で、「あーワンちゃん♡」となり... というパターン。

子どもが動物に興味を持つのは、本当に素敵なことなので、「ほらほらワンちゃんよ」までは大歓迎ですが、「まずは見るだけね。急に行ってはだめよ。」がセットになっていて欲しい。

これは、シャイな犬と暮らす人共通の悩みでしょうね。

たまに、「ね、触ってみる?」と激励する保護者もいて(笑)、それが聞こえた場合には「すみません、ごめんね」とお断りしますが、犬はみんなフレンドリーと思っているんだなあ... と、危なっかしい気持ちになります。

時々、「あのね、ワンちゃんは吠えたり噛んだりすることもあるからね、気を付けてね」と言ってみますが、たいてい小さなコはそういうことを突然よく知らない人から言われるとフリーズします。わかる!私もそういうコでした!

これはやっぱり保護者の方に知ってもらう必要があるなあと、今パフィーズのスタッフに小さい子に犬猫との交わりかたを教えるための企画書をお願いしているところです。

月ちゃんを、とんでもない犬のように書いてしまいましたが、相手が付き合い方を知ってくれれば、ほら、このように共存はできます ↓


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よく知っている子たち。月ちゃんが触られるのをあまり好きではないとか、「キャー」と叫ぶのも好きではないとか、いろいろ制約つきでも、つきあってくれました。



Mike さんによれば、カリフォルニアでは小学校低学年で、「犬猫はすべてフレンドリーと思ってはいけない」「正しい触りかたとは」という授業があるそうです。

つまり、飼い主がいない犬猫には触らない、そして飼い主がいたら「触ってもいいですか?」とまず尋ねる。

これは、月ちゃんとカリフォルニアにいた時、そういうアプローチを小さな子から何度もされたので私も知っていましたが、今思えば、月ちゃんが小さな子に反応するようになったのは、日本に戻って来てからです。

相手も、用心しつつアプローチしてくれたカリフォルニアでは、月ちゃんがちょっと「む?!」となると、子供の方で「ごめんね」と出した手を引っ込めてくれたり。

これ、以前からずーーーっと気になっているのでぜひ広めたいのですが、こういう付き合いができる家であれば、保護犬や保護猫を引き取ることも、ハードルは低いはずです。


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↑ こちらも一筋縄ではいかない、保護犬なっちゃん。でもちゃんと、根気よくつきあえば共存できるのだと月ちゃんとなっちゃんは教えてくれました。


つまりこれが③ 犬や猫は、興味のあるなしに関わらず、すでに社会に存在しているため、彼らを取り巻く状況や関わり方を社会の構成員すべてが学ぶ必要がある、につながるポイントなのですが...

ヨーロッパやアメリカの一部(カリフォルニアとかNY)では、犬や猫を見る目が、日本とは根本的に違っているな、といつも感じます。

特にヨーロッパで、電車に犬が乗っているのをよく見ますが、これは他の乗客がそれを許容しているということです。

つまり、犬や猫というのは社会に存在するものであり、それを好きで一緒に暮らしたい・連れて行きたい人がいる。自分はそうでないけれど、(ある程度)どうぞご自由に、という捉え方です。

ただそれでももちろん、欧米でも同じような事故がよく起きています。



少し視点を変えます。

犬や猫と暮らす、ということは、あえて例えるなら車を持つのと同じ、と言えるかなと思います。

小さな頃から、そして運転し出してからはもっと強く、「走る凶器だからね」と両親から言われて育ちました。

犬猫を「凶器」というわけではありませんが、人間でないが故の事故のリスクは、どんな動物にもあることは、しっかり意識する必要はあるのかな、と思うのです。

また、逆の立場からすると、車を持っていない人も、車への対処の仕方(道路を渡ろうとする時に車が来ていたら立ち止まる、など)は基本事項として押さえています。

それと同じで、犬猫は、嫌いでも、興味がなくても、外を歩けばいるのですから、やはり関わり方は知っておいた方が、人間にとっても、いいはずなんだけどな... と思います。

また、例えばノラ猫が嫌いという人は多いようですが、ではなぜそんなにノラ猫が増えているのか、という議論には、そういう人は参加しない傾向があるかもしれません。

「他人の問題」「自分は関係ない」と押しやるだけでは、みんなでよりよい社会を作ることはできないの(この場合ノラ猫を減らすことはできない)だと、理屈では知っていてもついそこで終わってしまう傾向は、日本においては強い気がします。



まとめようとしてもまとまらない記事となりましたが、今回の事故を無駄にしないためにも、犬や猫と暮らす側の人間は、感情的にならず、決めつけをせず、そこから学べることを学びたいと思います。

本当に、悲しい出来事でした。

私が気づいてまとめることができたのは、とりあえず以上です。

長文を読んでいただいた方、ありがとうございました。



追記:最初に書いていますが、こうした事故というのは本当の本当のところは当事者以外には決してわからないものだろうと私個人は思っています。私の書いた「一般的に気を付けた方がいいと思うポイント」というのは、この事故には当てはまらないかもしれませんし、何が原因だったか、誰が悪かったか、ということを議論するのはあくまで私たちの推測にしかすぎず、簡単には部外者にはわからないことがあるだろうと私は思っています。ですからこの記事は、この事故の何かを判定するのではなく、これをあくまできっかけとして、時々起こってしまうこうした事故を将来的に防ぐために一般の私達みんながここから何を学べるかを考えたい、そしてそれによって人間社会に暮らす動物とのよりよい共存を探求したい、というつもりで書いています。ここでは、そのつもりで読んだり、コメントしていただければうれしいです。よろしくお願いします。


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mixed feelings [アニマルウェルフェア]

タイトル通り、ちょっといろんな気持ちが入り混じった状態です。

なので、まとまりのない記事ですから、どうぞスルーしてください。



というのも、仕事の一環でとある水族館へ行ってきました。

水族館の目玉というのははやり、イルカ・アシカ・セイウチなどのショーでしょう。



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状態としては、圧倒的な水槽の狭さを置いておけば、恐らく日本の他の多くの水族館に比べれば良いだろうと思いますし、こうしたところの職員の方はみなさん基本、動物が好きで彼らのことを考えているのもよく知っています。

ですからこれは、水族館批判というより、そうした施設の在り方を根本的に違う視点から考えることも、必要だと思う、ということです。

「ん?意味がわからない」と思われるかもしれませんね(笑)。

単刀直入に言うと、やはり、知能の高い生き物(=ショーができ、人間とコミュニケーションが取れるような生き物)は特に、群れを構成する動物であり、広い広い海という場所が彼らにとって自然の住処であることを考えると、私個人としてはやっぱり複雑な気持ちです。

例えばセイウチの移動距離は、種によっては3000キロ。

ショーによく登場するバンドウイルカの生息地域の広さは250km2にもなる場合があります。



子どもたちがたくさん、ショーを見て喜んでいましたし、その純粋に喜ぶ様子を見るだけでも心が洗われるように感じたのは本当です。

また、動物と人間はコミュニケーションが取れる、ということを小さなうちに体感するのは非常にいい経験だろうと思います。

ただ、もし子供たちが本当にイルカやセイウチの生態を知ったなら、彼らが群れの個体とコミュニケーションを取り広い海を自由に移動するのが自然であると知ったとして、それでもこの狭い空間に彼らを置いておきたいと思うかどうか。

それを一度、本当に小さな子どもたちとそのお母さんたちにに聞いてみたいな~と、以前から考えています。

そう考えると、多くの活動家が最後は教育だ、子どもが地球の未来だ、というところにたどり着く気持ちがよくわかるようになりました。



なぜ子どもたちが喜ぶかと言えば、自分では理解してなくても、「動物とコミュニケーションできる。人間の言うことが通じる。」という部分でしょう。

その気持ちは、とてもよくわかりますし、素晴らしい感性だといつも感心してみています。

だとすると、動物にある程度の知能があるということが前提となり、彼らが狭い空間に一生いることをストレスと感じないとは言えない、と彼らは思うかもしれません。

実は、こういうショーとか展示というのは、この大きな矛盾をはらんでいることは、知ったうえで私たちは見学をしたり、子どもたちに説明をする必要はあるだろうと思います。

それとセットになって初めて本当の「教育」と言えるのではないかな~と、思っています。

もしそこで、子どもたちが「それでもいいんだ、ショーがみたい」と言ったとしたら、それはそれで「そういう考えは過激」という大人だって、心配になるのではないかな?



高い知能を持つ動物とコミュニケーションできる、という体験を、こうした罪悪感を最小限に、させてくれる代表が犬や猫、ではないかと思います。


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彼らを見ていると、人間の意図や気持ちを読み取りこちらに何かをさせる能力が非常に高いことがわかります。

だからペットと暮らしている人は、他の動物も同じようにうれしい・たのしい・いたい・くるしい・こわい、という感情を持つ「能力」があるだろうと推測する人が多いのだと思います。

そんなペットたちを、人工的なもので固めたくないという気持ちもあり、オーガニックサプリメントを始めましたが、使ってみるとやっぱり、「天然ものは吸収がいい」という言葉通り、合成サプリメントとは似て非なるものであることもよくわかりました。

それは、生き物がやっぱり自然の一部であることの証明のような気がします。

愛玩動物は、長い年月をかけて人工的な環境に適応してきた特殊な動物たちですが、やっぱり、彼らも自然のサイクルを必要としているのは、人間含め、他の動物と同じです。


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そのことに気づいてほしいという気持ちがあったのですが、よーく説明しないと、「ペットにサプリメントねえ。。。それはそれは(のんきですね/甘やかしすぎですね/人工的すぎですね)という反応を受けてしまいます(笑)。



動物といかにつきあうか。

難しいところですね。

難しいあまり、話し合うことが避けられ、「好き」「嫌い」「迷惑だ」「かわいそう」という感情だけで片づけられてしまうのが、一番気がかりです。

まとまらない記事になってすみません。


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犬・猫のオーガニックサプリメント♡ パフィーズナチュラルライフ ↓

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肉球クラブさんと講演会 [アニマルウェルフェア]

みなさまにご協力いただいた、肉球さんのイベント、先ほど無事に終了しました!




やはりというか、お天気も最高でわざわざお休みの日に私の話を聞きに来てくださる方は少なくはありましたが、それだけに参加者の方はみな、どうぶつに興味のある方ばかり。

ウン、ウン、とうなずいていただける方に話を聞いていただくのは、もちろんどうぶつのためなのですが、やっぱり個人としても嬉しかったです♡




肉球さんのチャリティーグッズたち。



ボランティアさんが作られてる陶器、キーホルダーを一つプレゼントしてくださり。申し訳ありません。



話の内容は、地球が一つでは足りない生活をしてる私達先進国のライフスタイルが、温暖化だけでなく生き物の大量絶滅を引き起こしつつあることから。

そして、そのライフスタイルの犠牲になってる途上国やマイノリティの人達。

同じラインに、家畜、実験動物、愛玩動物など、人に身近な動物たちがいる。

この、「弱い立場の人や生き物の利益」が、消費側のささやかな利益のために損なわれている、ということ。

そしてアニマルウェルフェアとは。

動物愛護でなく、動物福祉。

その違いと、「そんなのは動物好きな人が考えていけばいい」という人にも考えてもらうための説明の仕方。

後半は、肉球さんのように実際にTNRやレスキューをするボランティアさんたちの勇気づけのつもりで。

どうぶつよりまず人間、その他うんぬん。。いろいろいろいろいろいろある反論、動物の問題を軽んじる発言、負けないで頑張りましょう。

マリエさん、最後涙ぐんでいらして私も感動しました~。(書いちゃいました!ごめんなさい。)

私が帰るのが寂しいのかな?なんて思ってたら違いました(笑)。





マリエさん、そして他のボランティアのみなさんと。

みなさんとても親切にしていただき、とても楽しかったです。

パフィーズの宣伝販売もバッチリしてくださってました。





ちょうどワンコの肝臓が悪い参加者の方がいて、その場で二つも買っていかれました。 バウンシーのハーフサイズ。





終了後、ボランティアさんとお茶を飲みながら動物福祉について語る時間もありました。

みなさま、ありがとうございました。

またお会いできるとよいな~と思ってます。

改めまして、10周年、おめでとうございます。

最後に、これすごい!





肉球さんで注文可能です。写真を見てのオリジナル作成だそう。

もう一つ、サプライズな品がありますが、それは次回に。

みなさま、よい週末をお過ごしくださいね。

私はまだ新幹線の中です。


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肉球クラブ10周年記念 [アニマルウェルフェア]

さて、だいぶ身体・精神ともに立て直しができてきて、今日は天気もさわやかな月ちゃん地方。

「ぜったいに、コンディションを100%に戻さなくては」。

という固い決意もあったのは、(出張もあるんですが)題名の通り、So-net のお仲間、マリエさんが代表をされている肉球クラブ10周年記念のイベントに呼んでいただいているからです。

こちらは、ずっと前のちらしですがいただいていたもの ↓


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各月で譲渡会を開かれ、今は長野市でも有名なイベントになっているようです。

その活動が10年を迎えるというのですから、ほんとに素晴らしいこと。

そんな大切な場に呼んでいただき、気がひきしまるようです。

いよいよ来週の土曜日、15日となりました。

私は決して話し上手ではありませんが、同じ志を持ち、実際に手足を動かして活動されている方々の応援をさせていただけるなんて、本当にありがたいことですので、自分にできる限りのベストは尽くさなくてはなりません。


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応援のための講演ですから、どんなご苦労があるのかをおさらいしようとブログやFBを拝見していましたが、マリエさんが取材に答えていらっしゃる、こんな一言を見つけました。

「私も、2007年までは『野良猫や保健所の猫がかわいそう』と思っているだけでしたが、今は自分の残りの人生をかけてできる限りのことをやりたい気持ちですね」。*

使命感に突き動かされている発言だなあ~と、しみじみ。

言ってみれば、動物福祉、いえ例えば貧困問題、児童労働、不平等な経済構造、人種差別、性差別、その他のあらゆる差別問題という人間の問題も、「かわいそう」(当てはまる場合は「かわいい」)とは別の次元のことなのです。

正しいか、より善いか、という問題なのです。

「また、そんなめんどくさいこと言って」という前に(笑)。


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これは、自分が幸せに生きるためでもあるのだと、私は最近確信を持っています。

研究によると、自分のための目標を追求する場合にストレスを感じると不安や孤独を感じる割合が高いのに対し、自分よりも大きな目標を目指す場合に感じるストレスでは感謝、ワクワク、といった感情を感じる割合が高いということです(ケリー・マクゴニガル『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』(2015年、大和書房)pp. 232-233)。

実はこれ、身近な人達を観察して私も感じていました。

例えばボランティアをしている人。寄付をしている人。自分の働く組織やしている仕事が大好きで貢献の喜びを感じている人。私を含めNGOで働く人々。



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誰か他の存在のため(人間でも、動物でも、組織でも、なんでも)に動いている人というのは、不安はもちろんあるのですが、それに支配されることが少ないように感じます。

私もNGO勤務の駆け出しのころ、両親含め、周りから、「そんな将来性のない仕事」と散々心配されましたが、不思議と不安になりませんでした。

まああのころ、若くて何も持っていなかった、つまり失うものもなかった、というのもあるかもしれませんね。

自分が楽しければいいんだ、という意見もありますが、まさに自分がほんとに楽しく感じるためには、役に立てる誰か(何か)の存在が必要なのではないか、と最近つくづく思うのです。

情けは人のためならず。動物のためならず。

その証拠に、このインタビュー記事のマリエさんの笑顔の素敵なこと。

このたび、初めて実際にお会いするのがとても楽しみです。

----------- Where and When? --------------------------------

講師:Mari 「地球1.5個分のくらし~地球の住人たちと考える」
日時:10月15日(土)13:30~(約90分の予定)
場所:長野市ふれあい福祉センター・(長野市役所の並び)5階ホール。
入場は無料です。入り口に肉球クラブの募金箱があります。

しかし、実はこの1.5個分というのは、本当は正確ではないとも言われています。
ただ非常にわかりやすい表現で、今の私たち人間の暮らしを表しているのでよく使われます。
ただ地球は生きているだけあって、そう簡単に数字にはできないのも、また事実。
その意味も含めて、あえてタイトルに入れています。
人間とその他の生き物たちの住む地球を、人間はどう扱ったらよいのか。
そのことを考えるきっかけになるようなお話ができたらよいな。


*2007年からの活動だと今年は9年目になるのですが、前倒しの10周年記念のイベントです。

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動物の霊性? [アニマルウェルフェア]

台風の影響で北海道や東北は大変ですね。

みなさまご無事であられますように。


さて、月ちゃんが先日バースデーを迎えました。

といっても、「たぶん8月に(草むらで)生まれたのではないか」と言われていたため、勝手に決めたバースデー。

ちょうど仕事もひと段落つく頃(と当時は思っていた[あせあせ(飛び散る汗)])だったので、かなり前から旅を計画してました。

今年7歳になったわけですが、ミステリアスな見かけのせいか、まだ仔犬と間違えられることもある月ちゃん。


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年齢を重ねても変わらない、なんとも純粋なオーラ♡

私はこの頃思うのですが、人間も動物も、一番の若作り(笑)法は、この純粋なオーラをいかに保つか、ではないでしょうか。



そういう意味で動物は、(彼らにもあるとして)霊性と物理的身体がより深く繋がっている気がします。

というようなことを、テーマにしていた年がありましたが、そのことをより深く説明する本を尊敬するある方から勧められ読んでみました。

スウェデンボルグという、18世紀の学者が書いた本ですが(のちにアメリカでは彼の思想をベースとする新興宗教ができましたが)、彼の説明する聖書のスピリチュアル的解釈のおもしろいこと。

18世紀と言えば、まだダーウィンの進化論もなく、聖書にあることを文字通り解釈する(スウェデンボルグによると間違った解釈)人がほとんどであった時代。

アダムやイブ、そしてノアという個人名は「アダム的(以下同様)」人達を象徴するものであり、聖書は人間がまだ今よりずっと霊性の高かったころに象徴的なスタイルで書かれたものである、というのです。

本来人間は善しか知らない存在であり霊的な「直観」と行為にずれがなかったはずなのが、その間にある「意思」と「認識」を分けてしまったことで、「いいとわかっているのに行為まで至らない」という状況が生まれた、と。

また、本当の意味で大切で良いことを見失ったまま小さな善行にフォーカスするあまり、それがよくない結果を生むことが多くなってきた(すでにこの頃!)というのです。

例として、「隣人を愛する」というフレーズですが、本来これは人類(または地球全体)を指すものであるはずが、「小さな善行」として自分の身の回りの人だけを大切にする、だけど他国には武力を行使する、という状況が生まれるということ。

これは私もいつも違和感を感じていたことなので(例えば「周囲に迷惑をかけてはいけない」という理由で大切なことが犠牲にされる文化など)。

そして、古代エジプト時代の象徴文字なども研究した彼が言うには、人間が動物を搾取するという行為は、人間が堕落した後から出て来た伝統である、というのです。

よく、「人間は昔から動物を食べたりいけにえに捧げたりしていたのだから」というのを無制限な動物搾取の議論のベースとする声がありますが、実はこれは本当でないかもしれない、ということ。

いつまで昔にさかのぼるのか、という点があるのですが、いずれにしても、なぜ今までそこに思いを至らせなかったのかな、と思うと、この本を勧めていただいたタイミングに驚きました。

というのも、最近、いろんな場所でアニマルウェルフェアの話をする機会が増えてきて、もっと根本のことを見つめ直す必要を感じていたからです。

とはいえ、「ぶっ飛んでいる人」と思われてはおしまい(つまり物理的な世界で今起こっている搾取の状態は変えられない)ため、こうした話はもちろんレクチャーの中には入れませんが、本当は、人の「意思」のシフトは、自分でも気づかないもっと根本のところで起こっているからです。

そして、霊性というものが人間にあるとすると、人間により近い動物は特に、何かそういうものを持っていると考えてもよいかもしれません。

スウェデンボルグは批判もすごく多いある意味過激な人だったようですが、このあたりははっきり書いていないものの、人間が特別、という観点に基づいているようです。

でも、そうなのかな~... と、まだ腑に落ちない部分はあります。

また意味不明ですみません(笑)。

次回以降は、旅の楽しい写真です♡



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犬を保護して その2 [アニマルウェルフェア]

さて、前回の続き。

月ちゃんと対面したこのオスの迷い犬。

なんと!

あばら骨が見えるほどずっとさまよっていたらしく、挙動不審なところはあるものの、怖がった月ちゃんが吠えても優しくスルー。

顔を見ていると、なんとも言えないいい顔をしていました。


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それですぐに、どうしてもの場合は、家で預かりますので、とお伝えし、私は仕事の予定があったため数時間この方に預かっていただくことに。

そして、仕事を片付け犬エキスパートの従妹のところへ寄り、この子に家で過ごしてもらうためのケージを借りてきました。

いざ預かる、あるいは家で引き取ると思うと、久しぶりなため、「三ちゃんを追いかけまわさないかな」とか、「おしっこのしつけはどうやったらよかったっけ?」とか、「家具とかかじらないかな」(我が家のガールズは幸いとてもこのへんはおりこうさん)とか、「自分の都合」が後からと頭に沸いてきました。

だから、やっぱりこういう保護ボランティアをしている方というのは、本当にすごいと思いました。

そして従妹の頼りになること!

おろおろしているワタシをよそに、「ケージ運ぶね」「毛布も貸すね」とテキパキと車に荷物を積み込み、この犬との対面にもついてきてくれたのです。

というのも、私自身は顔や様子を見て、「この子なら預かれるし最終的に引き取ってもいい」と判断したのですが(相性は大切ですから)、犬エキスパートがどう思うか、知りたかったのです。

そして到着した、発見者の方のお宅。

迷い犬の顔を見たとたん従妹は、「この子、いい!すごくいい!」と言ったのですが... (そして私も安心したのですが)...

結局この子(トラ年生まれの「トラくん」)は、数日探していた飼い主さんがその日に管理センターへ連絡、私が家へ連れて行く間もなく無事にお迎えが来ました。

よかったね♡

発見者の方、たぶんお迎えが来た時、泣いてたんじゃないかな~♡

ご縁が続くといいのですが。



だけど、管理センターで犬猫を一頭養うのにどれだけお金がかかるというのでしょうか。

福岡市のH26年度の殺処分数は犬31頭、猫327頭です。

単純に計算して一頭につき避妊手術代が2万円として、716万円。

福岡市の人口は約150万人ですから、1人あたり5円弱。

これに餌代などを入れても、そんなに高い餌を与えているとはとても思えませんし...

税金を払う身としては、使い方に納得いかないです。

このご近所の方がまさかそんな(1週間で殺処分なんて)と思われたはずですね。

もちろん、この殺処分対象の数は市(と保護団体の方々)が努力して減らしてきた結果の数値なので、「また増えたら対応できない」ということなのでしょうが...

私はもちろん、もともと「余剰な」犬や猫を多数送り出している商業サイクルが一番の原因だと思っていますし、環境省のような中央行政もこの問題に真摯に取り組もうとしていることは認めます。

でも、今飛ぶ鳥を落とす勢いで発展していると言われるこの福岡市で、これはあまりに原始的な制度です。

将来的に殺処分ゼロの宣言をしたのですから(したのです)... 制度も変えることは検討できないのでしょうか。

でもこの殺処分ゼロ宣言、実際に中身を見ると特に具体的なことが書いているわけでも、数値目標があるわけでもなさそうです。

つまり、何年後にはゼロに、という目標が書いていません。

ただ市長が方針として発表しただけのようで、非常に一般的な普及啓発が一緒にされています。
http://www.city.fukuoka.lg.jp/hofuku/seikatsueisei/shisei/131111.html

どうやってゼロを達成するつもりなのかな~、と、ちょっと調べています。

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家畜のウェルフェア [アニマルウェルフェア]

さて、前回とはうって変わったトピックですが...

昨日、ナルトさんが「すごく面白い記事があったから送る」と送られてきた記事(月ちゃん家、お互い忙しいのでよくメールもやり取りしています)。

http://www.slate.com/articles/health_and_science/science/2016/08/animal_activists_crunched_the_numbers_to_learn_that_the_creature_most_in.html

家畜の、特に鶏のアニマルウェルフェアが加速しているという記事。

"Forget the cats, ... save the poultry" (猫はいい、鶏を救え)というキャプションつき。


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つまり、人間と動物の関わりの全体を見たときに、犬猫や動物園の動物というのは明らかに数が少なく、それを対象としたキャンペーンの成功は限定的である、というのです。

そして近年、多くの欧米ウェルフェア団体が感情論を排除し、徹底的に数字と理論にこだわるキャンペーンを展開していることが書いてありました。

数字分析をすれば、鶏の方が圧倒的に(牛や豚に比べても)、福祉が保証されない状態にいる個体数が多いというのが、このキャンペーンが成功している理由。

もちろんそれによって、アニマルウェルフェア全体の底上げをすることも、ちゃんと視野に入っています。


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これって、最近ずっと気になって書いてきたことで、家ではよくナルトさんにこの議論を展開していたので(笑)、グッドタイミング。

5月のボランティア講演でも、この話をしたばかりです。

つまり、「かわいそう」と言えば、こうしたことに全く興味のない人からは、「女子供の言い分」「犬猫好きの言い分」「過激」というような言葉で片づけるチャンスを与えてしまいます。

でも数字や納得できる理論を展開すれば、少なくとも話は聞いてくれる。

これで今、欧米企業が動いています。

私は以前ここで、自分が自然保護のキャンペーンを担当していた時、「かわいそう」は絶対に言ったことがないということを書きました。

それを言ったらおしまいだ、というような暗黙のルールが、私たち(政策提言をするようなグループの)環境保護家にはあります。

動物福祉も、そうなってきているようで、私もその必要は強く感じています。



詳しくは、もう一つのブログ(こちら)に書きました。

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マクドナルド社が、昨年9月、アメリカとカナダの店舗で、10年以内にすべての卵をケージフリー(ケージに入れない鶏からの卵)にする、と発表しています。

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動物を飼うことは、動物にとって幸せか? [アニマルウェルフェア]

昨日の記事に書いた通り、私の年に一度のボランティア活動、シンポジウムでの発表。


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商業利用される動物のサプライチェーンをテーマとしています。

その中で、何枚かのスライドに、愛玩動物に関する過剰繁殖・死亡率、ボランティアに頼る「殺処分数の減少」、そして消費者意識の問題などを紹介。

その後いただく意見がとても刺激的なこの学会での発表は、自分の気づきを進められる場でもあります。

お一人と何度かメールをやり取りしていまして、このようなご意見が:

-----------------
犬を飼うときに、犬の躾が大事だと言われていますが、動物福祉の視点で考えると
人間が愛玩動物として犬を買うこと自体が本当に犬にとって幸せなことなのか?

ただ自分の期待通りの子供にしたい親と同様に、単に人間のエゴイズムなのかも?
ととても悩ましいところです。
---------------

この前に、アドラーを例に挙げられ、ほめない・叱らないという教育方法について書かれていました。

以前私も、「犬が人間の言うことをとてもよく聞くように訓練されているのを見るのも、あまり好きではない」と書いたことがありますが、この方とボトムラインは同じな気がします。

犬(/猫)にとって何が幸せか?

パフィーズのテーマでもありますが、「個」の犬/猫と、犬/猫という「種」全体と、二つのレベルがあると思います。

前回の記事に書いた通りの状況は、種として見た時の犬猫が決して幸せとは言えない状態にあることを示していると私は思っています。

個としては、それぞれですが、もちろん、人間にとっても「宿命」というものがあるように、持って生まれた性質や環境の中で、どれだけ5つの自由が確保される状態で過ごすことができるのか、という見方が一つできると思います。

そういう意味でも、保護動物を迎えると言うことは、この「宿命」のスタートラインが低い動物によりよい環境を与えることができる、人間側の学びが促進される行為だと、私は捉えています。

そして、「余った」犬や猫がいなくならない限りは、繁殖は最小限に抑えるべきだとも思います。

もっと言えば、私個人としては本当に限られた場合を除いて、繁殖は必要ない、と考えているところです。

動物をあえて繁殖するということは、あえて亡くなる命を増やしている、という意識を私たちがクリアに持っていないことは、動物に対して無責任な状態であると、私個人は思っています。

題名である「動物を飼うことは、動物にとって幸せか?」というクエスチョンに戻りますと、私の出した現在での結論は、人間が理由で生まれて来てしまっている、今ここに存在する動物たちと暮らすことは、少なくとも他には殺処分というチョイスしかない彼らにとって、幸せの軸により近くなる行為であると言えるのではないか、ということです。

ただその大元の「生まれて来てしまう」原因(=繁殖)を正さない限り、何が愛玩動物にとって幸せか、というクエスチョンを本当に考えることはできない気がします。


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いつも書いていますが、これを言うと「うちはペットショップから買いました、すみません...」とおっしゃる方がいます。

(「ペットショップ(あるいはブリーダーのところ)で売れ残っていたから」ということで引き取られる優しい方は、そういう方の善意でこの商業サイクルが成り立ってしまうこともあるということは、知っておいてください。カタイ言葉で言うと、そのサイクルに「加担」していることになるのです。)

そんな風に感じられる必要は全くないですし、もし新たに迎える動物を、保護された子から検討だけでもしてみられるのであれば、そこでまたこの問題を自分のこととして捉える人が増えたということだ、と私は考えています。

悩んで最終的に出した結果が保護された子でなかったとしても、そこまでのプロセスをきちんと踏んでいれば、その人にとって一番ベストな結果が出るのだろうと、思います。

だから、情報はお伝えしつつ、私の言うことはあまり気になさらずによい出逢いで決めてください、と、そのようにこの方にもお伝えしました。

Gさんすみません、見ていらしたら..... 書いてしまいました(笑)。

でも尊敬するGさんから、この私のライフワークであるトピックについて示唆にとんだご意見を伺うことは大変光栄です♡

最後に、最近の「猫ブーム」(この言葉自体抵抗ありますが)で、猫ちゃんもブリードにこだわる繁殖が増えているようで心配です。


追記:もう一つのブログ「最後のしっぽ」、今回はゴリラの射殺事件と、人間は他の動物より価値があるのかというトピックについて(こちら)。記事更新してます。


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どうぶつのためにできること:パブコメ再び 4 [アニマルウェルフェア]

ご訪問、ありがとうございます[かわいい]

今日は、記事が二つあります。

旅の最終回は、この記事の下にあります。



どうぶつ愛護管理法の改正について環境省がパブコメを募集しています。締め切りは12月7日。


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気になる部分は人それぞれだと思いますが、まずは虐待をきちんと規定して、刑罰を適用できるようにする、というのが一点。すでにちょっと背景を説明しました。

それから問題が多いカテゴリーに、自治体によるどうぶつの引き取り・「保管」・処分があります。

連れてきた人の選別もなしにすべて受け入れてしまう点、施設が不十分な点、そして「処分」としてまず殺処分ありき、それも二酸化炭素という苦しみを伴う方法である点、など、など、など。

私もある自治体の収容施設に行ったことがあるのですが、処分される部屋にいたわんこ達の目が忘れられません。

一日、一日と「最後の部屋」に近づいていくのを知ってか知らずか、一生懸命にこちらを見ていた瞳。

職員の方も心を痛めていらっしゃるのはとてもよくわかりましたが、とにかくあふれる「いらない子」の数とのイタチごっこです。

今回、自治体が引き取りをする際に制限を設けるということも提案の一つとして考えられますし、殺処分の時にはせめて二酸化炭素による処分ではない、苦しみの少ない方法を提案するというのもあると思います。

それから、前回の動物取扱業に関する部分でも、意見を述べることができるのですが、やっぱり「手軽に」ペットを入手できるという商業システムを変えることが根本的に必要ですよね。

例えば私がず~っと前からなくなってほしいと思っている、「夜間展示」。

もちろんどうぶつ達の福祉を考えると禁止すべきだと思うのですが、根本的な問題(「いらない」子が増える)に立ち返ると、まずはペットの入手を今のように簡単にしていては何も解決しないと思うからです。

「酔った勢い」でペットを連れて帰ったりする → 「やっぱりいらない」の確率が高くなる。

だからこれをすぐに政令で禁止してほしい、とするのも一つできる提案です。


私の記事は、できるだけ背景やつながりをわかりやすく簡単に説明しようと思って書いているので、より詳しいモノは例えばこちらこちらを見てください。


*記事の拡散や転送はもちろん大歓迎です。

パブコメのために、しばらくは「毎日」記事を書くと宣言したので(すごい大変ですね~、毎日更新されてる方はすごい!)、もう少し続きます。


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