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商業繁殖・生体販売の意味すること [アニマルウェルフェア]

はじめに、この記事は、簡単に、短く書いてしまうと誤解が生まれる恐れがあるので、前回にも増して(かな?)長いです(笑)。

なのでおつきあいくださる方には最初にお詫びします。


前回の記事、関心が高いトピックのようで、とてもアクセスが多かったようです。

とても貴重なコメントをたくさんいただいたので、少しここにご紹介したく思います。

コメントくださったみなさま、ありがとうございました!個別にお返事しています(この記事を書く時点までのコメントに対しては)。

♡ まず、犬の周囲ではご自身やお子さんに気を付けるようにしているポイントを書いていただいたコメントがいくつかありました。大声を出さないとか、じっと見ないとか、犬と暮らす者にとっては基本的なことですが、意外と知らない方も多く、こうしてもらえると事故も防げます。

♡ 次に、犬に噛まれたり倒されたりという事故があったというコメント。まずは気を付けないといけないな、と改めて思います。そして、それでも(少し不安になる時もあるけど)犬は好き、というコメントもあります。例えばものすごく向こう側に行って(笑)犬をよけて歩く方の中には、「嫌い」ではなく「怖い」という気持ちでそうする方がいらっしゃること、私達としても忘れがちです。

♡ やっぱり犬や猫など動物と、特に小さな子どもとの関わり方は、考える必要があるということに同感ですというコメントも多いです。子どもさんがいらっしゃる方からのとても貴重なコメントがあり、私としても参考になりました。

♡ 動物は本来その動物である、ということを意識して気を付けているというコメントもいくつもありました。大型犬と小型犬の事故しかり、可能性を常にリスクとして意識してます、ということでした。

♡ 最後に、商業繁殖・生体販売、メディアでの動物の偏ったイメージについても、たくさんコメントいただいてます。猫ブーム、「カップサイズ」や小さな体格の犬の繁殖、ペットショップでの価格が上昇している傾向、TVでの赤ちゃんをあやす犬など特定イメージを強調した映像などについて、コメントいただいてます。

今日の記事はこの最後の点について書きたいと思います。


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生体販売・商業繁殖。

まず、私が今日ここに書くことは、「愛玩動物」、いわゆる一般人のペット、についてに限定しています。

要点を先にまとめますと...

① 背景:アニマルウェルフェア(動物福祉=動物の幸せ)の概念は、日本でもここ数年で加速化。

② 倫理的考察1:商業繁殖・生体販売は、「動物全体の幸せ」を考えると、倫理的理由からしない方がよい、すべきことではないと言うことができる。

③ 倫理的考察2:どんなに善意に基づいていたとしても、愛玩動物を繁殖し商業利用することは、「死」という生きものにとっての最大の不利益のリスクをはらんでいるため、人間側の利益がそれを上回らない限り、正当化することができない。そして現状、上回るとは言えない。

④ 倫理的考察3:上記理由の中には、人間側にはより倫理的に望ましい選択肢(保護動物の引き取り)が存在するから、というものがある。「不必要な愛玩動物」がいなくなるまでは、繁殖モラトリアムを行うことが倫理的に正しいと言える。

⑤ 補足:ただし、管理センターへ業者が持ち込みをできなくなった現在、「保護動物」を引き取る善意に、商業繁殖・生体販売をする業者が支えられているという新たな構図も出て来ている。

以下、もう少し説明しつつ書いています。


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① アニマルウェルフェア(動物福祉=動物の幸せ)の概念は、日本でもここ数年で加速化

商業繁殖・生体販売についてはずっと書き続けてきたことですが(このブログでのカテゴリーとしては、「every dog has a story...」に多く入ってます) ...

ちょうど来年2018年は、動物愛護管理法というペットを含む動物の取り扱いについて決めた法律の見直しが行われます。

また2020年のオリンピックに向け、生体販売の地域限定禁止や「殺処分ゼロ」を目指す運動もずいぶんと高まりを見せています。

さらにいうなら、ペットとは違いますが畜産動物のウェルフェア認証も、2016年夏からスタートしています(こちら)。

私がアニマルウェルフェアについてリサーチを始めた20年前から比べると、ここ5年で日本のAWは加速化しています。

法律の改正などの働きかけも経験がありますが、社会的に、そろそろ本気でこのトピックを抜本的に見直す素地は出来てきている、と私は感じます。




② 商業繁殖・生体販売は、「動物全体の幸せ」を考えると、様々な倫理的理由からしない方がよい、すべきことではないと言える

これは、いわゆる「功利主義」と言われる考え方を基礎にした、ピーター・シンガーの理論が基本ですが、とてもシンプルでありながら打破するのは難しい理論です。

(使役動物でなく)愛玩動物に限って言うならば、あえて思い切った表現をすると人間の「(癒しを含めた)娯楽」のため → 人間の「娯楽」という「利益」と彼らが商業繁殖や生体販売で受ける「不利益」を比較する → 動物の「不利益」が大きすぎる

この「不利益」は、死産、ショップに行く前に病気で死んでしまう個体、売れなかった個体、疾患などを理由に売れない個体が処分され死ぬことなどを指します。



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③ どんなに善意に基づいていたとしても、愛玩動物を繁殖し商業利用することは、「死」という生きものにとっての最大の不利益のリスクをはらんでいるため、人間側の利益がそれを上回らない限り、正当化することができない。そして現状、上回るとは言えない。

つまり、人間の娯楽のためにあえて死ぬ個体が出るリスクがあることが分っている「繁殖」をすることは、倫理的に見ると正しいことではない、ということです。

それがどんなにその動物が好きで、自分の繁殖する個々の動物の幸せ(ウェルフェア)にコミットしていても、良心的に大切に繁殖をしていても、そしてどんなにその動物たちから幸せを感じる買い手がいるとしても、です。

動物倫理学的には、生きものにとって「生きて幸せを感じる」ことが利益であり、「死ぬ」ことは一番の不利益である、と考えられるからです。

さらに、繁殖する、そしてあえて繁殖された個体をペットショップやブリーダーから選ぶ理由の多くが、前回の記事で書いた「機能」と「見かけ」のため、あるいは「たまたま」であることも、その理由です。

そして驚くほど多くの場合、「見かけ」重視の購買・繁殖がなされています(大きさ、色、耳やシッポの形など)。

ちなみに大型店舗が中心となってきた生体販売では、個体価格が2倍になっているとの報告もあります。

そのために動物が払う犠牲の中に、その特徴を出すために類似の遺伝子を持つ個体をかけあわせることで生じる遺伝的疾患があることは、前回も書いた通りです。

股関節形成不全、視力喪失、アレルギー、臓器疾患、など、例を挙げるときりがありません。

猫でも、マンチカンは足が短くて(うちの三ちゃんもちょっと短足ですが( ´艸`))「かわいい」のが特徴ですが、その短い脚のために関節が動かなくなったり。

だから、動物を繁殖するということは、「死んでしまう個体」や「遺伝的疾患が出る」リスクを伴う行為であり、それだけの不利益を動物に負わせる正当な理由を人間が持っているとは、一般の私たちが一緒に暮らす相手としての「愛玩」動物の場合に限って議論すると、考えられないからです。

そして、そうした個体に愛情を持っていた人間の方も、悲しい思いをしなくてはなりません。



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これは、すでにペットショップやブリーダーさんから動物を買って現在大切なパートナーとして暮らしている方々や、そのパートナーである動物たちを批判したり偏見を持つこととは違います。

現に私自身も、先代犬のパフィーはブリーダーさんから(両親が)買いました。

その頃はこういう考えに触れておらず、ただただかわいい仔犬を見に行き欲しくなった、というお気楽な選択でした。

ですから、同じように今のパートナーと出逢った人の気持ちもよくわかります。

もちろん、今はここに書いてるような考えを知ってしまったため、個人的に検討はしてほしかったな、という気持ちはなくはないです(笑)。でも、私は今は純粋に、幸せにしているペアを見ると、出処はどうあれ純粋に、愛を見つけられてよかったね、という風に思います。

それに、ある調査によると(週刊東洋経済、2016年9月10日号, p. 86)、ペットショップから動物を買った人のうち1/3強以上の人が、次はショップ以外から、と答えたそうです。


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④ 上記理由の中には、より倫理的に望ましい選択肢(保護動物の引き取り)が存在するから、というものがある。

今、「不要」とされる犬猫がいる以上、まずは余剰の個体を生み出すよりすでに存在する個体を引き取る、というのはどう考えても一番効率のいい考え方です。

下は、環境省の発表したH27年度犬猫の引き取り数(ただし下に書くようにここに出てこない個体数は、把握しきれていないため、実際の「不要」犬猫は、もっともっと数が多いです)。


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「不要」犬猫がゼロになった時初めて、また繁殖、ということを考えればよい、というのが、一番理にかなっています。

年齢とか大きさとか細かいことはいったん置いておくならば、これは誰も否定しないことだろうと思います。

実際は完全に繁殖をゼロにするのではなく限られた一部の繁殖を認めることになるでしょうが(犬種存続や使役犬の存続を求める声があります)、まずは、私のようなごくごく一般大衆のための「商業繁殖」のモラトリアムはあってもよいのではないかと思います。

ただ、政府が突然、そうしたモラトリアムを設けるとは思いませんし、欧米型と異なる日本の「個人の自由」を尊重する法体系上も、産業界からの反発もあり、ほぼ不可能でしょう。

これはあくまで、「消費者」である私たちが、「何を選ぶか」ということです。

需要が激減すれば、今ペットを繁殖・販売しているビジネスは、他のビジネスモデルに移行できるよう、動いていくはずだからです。

消費者である私たち一般人が、意識して選択を重ね、声をあげていくしかないのです。

ただ、ここにまた複雑な構図が存在しています。


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⑤ 「保護動物」を引き取る善意に、商業繁殖・生体販売をする業者が支えられている構図も出て来ている

例えば、犬猫の「引き取り屋」という商売が存在しています。

ペットショップやブリーダーからの「不要」犬・猫を持ち込めるところです。一頭あたり数万円の謝礼であるとされているそうです(週刊東洋経済、2016年9月10日号、p. 78)。

また、ブリーダー崩壊(多数の個体を抱えきれなくなる状態)などから出る個体を保護→譲渡する、「シェルター」を持っているペット業界協会があるそうです(同上、p. 81)。

さらにそのシェルターに、ペットショップからはペットフードの寄付があるとも書かれています。

「殺処分数が減った」という「事実」も、実は裏側に、以前であれば動物管理センターに持ち込まれていた動物が、いったん別の場所(上記や保護団体など)を通して引き取られていく、という新たな構図を内包しています。

もちろん、犬や猫を直接保護したり管理センターから引き出しをしているボランティアさんの貢献とセットです。

そして、ボランティアさんはいつもキャパオーバーです。

本当は、殺処分自体が減っても、犬猫のサプライチェーンが変わっただけで、死んでいる個体や「不要」個体については同じ、あるいはペットの増加に伴い増えていると考えることもできます。

本来は責任を取るべき業界の「不要」や「売れ残り」の犬猫が、長いサプライチェーンを通して様々な人の善意により「ロンダリング」されるという、皮肉な構図があります。

だから、まずは大元を絶たないとこの問題は解決しないのです。

今の「猫ブーム」「ネコノミクス」が心配なのは、これまでは猫は引き取ったり拾ったりが中心であったのが、ペットショップで大々的に猫を売り出すようになってきたことがあります。

そして、これまでより繁殖される個体が多くなったことです。


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「すべての動物(every dog & cat)」の「利益」を考えよう、というのがパフィーズの Every dog project です(名前は cat も入れないといけないので改訂考案中!)。

そして、これがパフィーズでは当初から、生体販売をしているお店には商品を置いていただかないようにしている理由です。

今商品を置かれているところはみなさん、最初から生体販売はされていないですし、契約の際はこの方針にサインをしていただいています。

ビジネスとしてなかなか大きくなりきれないのかもしれません。

でも、Mikeさんも同じですが、犬猫の幸せレベルを引き上げるために始めたビジネスで、彼らの幸せを損なうようなことには加担できません。


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わかるけど... の「けど」に続くことを考えてみると、自分がどう生きて行きたいか、というクエスチョンにも繋がるトピックであるんだなあとも思います。

私自身のことで言えば、確かに月ちゃんは、愛らしく愛されて生まれてきた幸せパピーちゃんとは違い、予測不可能なこと、面倒な性質、そんな面も持ち合わせていて、いい意味でも私を驚かせっぱなしでした。

でも、そんな月ちゃんだからこそ教えてくれたことがいっぱいあり、私と月ちゃんの絆は深まっていったし私は成長できました。

これが、Giving is receiving ということなのだなあと思います。

三ちゃんの場合は、フレンドリーすぎて「もうけもの!」の一言につきます(笑)。これも、Giving is receiving。

でも、長くなったので、いったんここで終わりにしますね。

またまた長文におつきあいいただいた方、ありがとうございました。

そして、とうとうメディアでの動物の扱いについて書くつもりが、行きつきませんでした!

が、最後、月ちゃんのきれいな瞳で終了です。


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こちらは月ちゃん・三ちゃん・私の日常 ↓

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犬と赤ちゃんの事故のこと [アニマルウェルフェア]

掲題の事故について、ゴールデンをアイコンとしている私が何も書かないわけにはやっぱりいかないだろうと思い、やっとセミナーも終わったのでここに書くことにしました。

あえてアニマルウェルフェアというカテゴリーに入れましたが、動物の福祉(幸せ)を考える社会というのは弱者の幸せを考える、つまり人間にとっても優しい社会にもつながる、という意味で、こちらにしています。

大変長くなると思いますので、ご興味のある方だけ... お付き合いください。



まずは、この事故のことをご存知ない方のため、1週間ほど前に、ゴールデンレトリバー(4歳・オス・37kg)が10か月の赤ちゃん(女の子)を噛んで赤ちゃんが亡くなってしまったというものです。

ゴールデンは赤ちゃんのお母さんの実家の犬、その事故が起きた時は室内でフリーにしていて、おじいちゃん・おばあちゃんが同室で赤ちゃんと遊んでいる時、突然ゴールデンが問題の行動に出た、と記事にはあります。

普段は従順な犬だった、ということでした。

まずは、短すぎる人生を突然奪われてしまった赤ちゃんのご冥福をお祈りし、複雑すぎる悲しみを抱えていらっしゃるであろうご家族のため、心から哀悼の意を表したいと思います。



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新聞記事やSNSの記事なども見て、今私が考えることは、まずは当事者でないと本当の理由や原因はわからないという視点に立ち、何かを言い切ったりすることはできないということ。

ですから、私の書くことはこの事故に特化したことではなく、この事故を踏まえたうえで、社会全体として私たちはどういうことを目指す必要があるのか?ということです。

主に以下の3点になります。

① 例えばそれが「ゴールデン」というフレンドリーとされる犬種であっても、犬は犬(Canis lupus familiaris)という生物種であって、人間社会では自制をしつつ暮らしているということを、私達人間は忘れがちであるということ。「〇〇は△△」というような、「犬種信仰」が強すぎることは人間にとっても、犬にとっても問題の原因となりかねないことをもっと意識する必要があるということ。

② 犬(や猫、動物全般)にとって人間の赤ちゃんや子どもというのは不可思議な動きをする小さな生きものと映る場合も多いと思われる。動物と赤ちゃん・幼児の関わり方について、もっと社会全体で考えルールを徹底する必要があるということ。

③ 犬や猫は、興味のあるなしに関わらず、すでに社会に存在しているため、彼らを取り巻く状況や関わり方を社会の構成員すべてが学び考える必要があるということ。


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まず、①についてですが、この事故が犬好きの人にとってより大きなショックであったようなのは、これがゴールデンという、フレンドリーで人間好きと一般にはされている犬種であったことが理由のようです。

たしかに、ゴールデンと暮らしていた私自身も、そしてニュースを見てすぐに電話をかけてきた両親も、同じ反応は当初持ちました。

今から考えると、私も両親も、かなりお気楽にパフィーと暮らしていたと思いますし、よく小学生くらいの子どもたちが勝手に入って来てパフィーと遊んでいたこともあり、単に運が良かったのかもしれません。

より野性味の強い(凶暴ではありません)月ちゃんと暮らして私は初めて本当に、犬は犬であり、犬の本能を押さえつつ私たち人間社会で暮らしていることを教えてもらった気がします。

こういう暮らしは犬・猫本来の「自然な暮らし」ではなく、ただ何千年以上も人間と暮らして来て彼らは合わせる術をしっかりと身に着け脈々と受け継いできた、ということです。

犬は特に、人間のベストフレンドと言われる通り、人間を非常によく理解します。


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でもそういう面と、本能的に、衝動的に動いてしまう動物の部分と、両方持っていることを、私たちは普段忘れてしまっているかもしれません。

そこに輪をかけるのがこの犬種へのこだわりと、「ゴールデンはフレンドリー」「秋田犬は忠実」「キャバリアは飼いやすい」「ボーダーコリーは仕事が好き」といったような定義だろうと思います。

たしかに、そういう特性を増長させるために、人間は同じ犬種どうしをかけ合わせブリーディングをしてきました。

ではゴールデンの個体のすべてが、そして彼らの24時間のすべてが、この定義に当てはまるかというと、実はそうではない、ということは、同じ犬種の違う個体と暮らしたことのある方にはわかるのではないかと思います。

私たちは、この Canis lupus familiaris という生物種を人工的に操作しつづけ、その結果得られると期待する特徴に、過剰な自信を持ちすぎていないでしょうか。


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これは、特定犬種を売りたい側からの、「〇〇は△△ですよ」とする影響もあるかもしれません。

これがなくならない限り、犬は犬、猫は猫、ということを受け入れない限り、商業繁殖も生体販売も、なくならないのではないかと私は心配になることがあります。

そして、そういう目で見られることが、人間社会に合わせることを過度に期待されることが、犬猫にとっての福祉(=幸せ)に影を落としていることは、彼らの健康状態を見ればわかります。

私は犬猫の行動学エキスパートではないので、パフィーズで見てきた健康面でしか話ができませんが、遺伝的疾患を持って生まれる犬・猫(特に犬)が多すぎる、その結果薬漬けになり体調を取り戻せない犬・猫が多すぎる。

これは、人間が長い長い間かけ、特に犬に関して「機能(フレンドリーであることもあえて含めます)」を求めすぎた結果だろうと思います。

それが、その機能を過信させるという社会を作り上げたかもしれません。

ある程度は、前述の通り、犬猫を販売している側からの、売るために発信していることの影響だと思います。



次に、② の、 犬(や猫、動物全般)にとって人間の赤ちゃんや子どもというのは不可思議な動きをする小さな生きものと映る場合も多いと思われる、という点について。

これは月ちゃんと三ちゃんを見て毎回思うのですが、①で書いている「犬の本能」は、小動物を見ると追いかけたい、何かしてみたい、というのが基本である、と思っておいた方が良いのだろうな、ということです。

「三ちゃんを追いかけてはいけない」「噛んだり、手をかけてもいけない」ということを、1か月かけて教えましたが、外ではやっぱり猫を追いかける月ちゃんが、家ではそのルールを徹底できているのはすごい、と思うのです。


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月ちゃんが三ちゃんとは基本遊ばない、と決めているのは、もしかしたら遊んでしまうと自制に自信が持てないと思っているからなのかなあ... と思う時があり、それは、私がカーペットに一緒に座っている時にだけ、二頭はエキサイトして遊ぶからです。

三ちゃんは用心深く、また、高い場所に逃げることができるので、今は二頭だけで留守番していても安心していますが、人間の赤ちゃんや幼児には同じだけの判別能力・運動能力はまだありません。


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また、月ちゃんはかわいい見かけのため(( ´艸`))よく「あーワンちゃん♡」と、小さな子が触りたがります。

「ゆっくり来てね」とは言うのですが大抵はエキサイトして走ってしまう小さな子達。

中には手に何かを持って叫びながらやってくる場合もあり、今はたいてい、「あー♡」と興味を示される前にすたすたと通り過ぎるようにしています。

この私の行動は感じが悪いのですが(笑)、月ちゃんが怖くなり吠えてしまうというパターンが多いため、知っている子、保護者が一緒に場合だけ、じっくりと対面させることにしています。

つまり、月ちゃんを見ていると、本当に小さな赤ちゃんは、「どういう物体だかわからない」ようで(笑)怖くない、動き出し特に走り出すと「どう動くか分からない怖い生きもの」でも「追いかけてみたい」となるようです。

しかしそんな事情を持つ犬がいるなんて!と驚かれることも多い月ちゃん家近隣(小型犬がほとんど)。

よく、小さな子を連れたお母さん・おばあちゃんが、「ほらほら、ワンちゃんよ」と視線を促します。

で、「あーワンちゃん♡」となり... というパターン。

子どもが動物に興味を持つのは、本当に素敵なことなので、「ほらほらワンちゃんよ」までは大歓迎ですが、「まずは見るだけね。急に行ってはだめよ。」がセットになっていて欲しい。

これは、シャイな犬と暮らす人共通の悩みでしょうね。

たまに、「ね、触ってみる?」と激励する保護者もいて(笑)、それが聞こえた場合には「すみません、ごめんね」とお断りしますが、犬はみんなフレンドリーと思っているんだなあ... と、危なっかしい気持ちになります。

時々、「あのね、ワンちゃんは吠えたり噛んだりすることもあるからね、気を付けてね」と言ってみますが、たいてい小さなコはそういうことを突然よく知らない人から言われるとフリーズします。わかる!私もそういうコでした!

これはやっぱり保護者の方に知ってもらう必要があるなあと、今パフィーズのスタッフに小さい子に犬猫との交わりかたを教えるための企画書をお願いしているところです。

月ちゃんを、とんでもない犬のように書いてしまいましたが、相手が付き合い方を知ってくれれば、ほら、このように共存はできます ↓


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よく知っている子たち。月ちゃんが触られるのをあまり好きではないとか、「キャー」と叫ぶのも好きではないとか、いろいろ制約つきでも、つきあってくれました。



Mike さんによれば、カリフォルニアでは小学校低学年で、「犬猫はすべてフレンドリーと思ってはいけない」「正しい触りかたとは」という授業があるそうです。

つまり、飼い主がいない犬猫には触らない、そして飼い主がいたら「触ってもいいですか?」とまず尋ねる。

これは、月ちゃんとカリフォルニアにいた時、そういうアプローチを小さな子から何度もされたので私も知っていましたが、今思えば、月ちゃんが小さな子に反応するようになったのは、日本に戻って来てからです。

相手も、用心しつつアプローチしてくれたカリフォルニアでは、月ちゃんがちょっと「む?!」となると、子供の方で「ごめんね」と出した手を引っ込めてくれたり。

これ、以前からずーーーっと気になっているのでぜひ広めたいのですが、こういう付き合いができる家であれば、保護犬や保護猫を引き取ることも、ハードルは低いはずです。


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↑ こちらも一筋縄ではいかない、保護犬なっちゃん。でもちゃんと、根気よくつきあえば共存できるのだと月ちゃんとなっちゃんは教えてくれました。


つまりこれが③ 犬や猫は、興味のあるなしに関わらず、すでに社会に存在しているため、彼らを取り巻く状況や関わり方を社会の構成員すべてが学ぶ必要がある、につながるポイントなのですが...

ヨーロッパやアメリカの一部(カリフォルニアとかNY)では、犬や猫を見る目が、日本とは根本的に違っているな、といつも感じます。

特にヨーロッパで、電車に犬が乗っているのをよく見ますが、これは他の乗客がそれを許容しているということです。

つまり、犬や猫というのは社会に存在するものであり、それを好きで一緒に暮らしたい・連れて行きたい人がいる。自分はそうでないけれど、(ある程度)どうぞご自由に、という捉え方です。

ただそれでももちろん、欧米でも同じような事故がよく起きています。



少し視点を変えます。

犬や猫と暮らす、ということは、あえて例えるなら車を持つのと同じ、と言えるかなと思います。

小さな頃から、そして運転し出してからはもっと強く、「走る凶器だからね」と両親から言われて育ちました。

犬猫を「凶器」というわけではありませんが、人間でないが故の事故のリスクは、どんな動物にもあることは、しっかり意識する必要はあるのかな、と思うのです。

また、逆の立場からすると、車を持っていない人も、車への対処の仕方(道路を渡ろうとする時に車が来ていたら立ち止まる、など)は基本事項として押さえています。

それと同じで、犬猫は、嫌いでも、興味がなくても、外を歩けばいるのですから、やはり関わり方は知っておいた方が、人間にとっても、いいはずなんだけどな... と思います。

また、例えばノラ猫が嫌いという人は多いようですが、ではなぜそんなにノラ猫が増えているのか、という議論には、そういう人は参加しない傾向があるかもしれません。

「他人の問題」「自分は関係ない」と押しやるだけでは、みんなでよりよい社会を作ることはできないの(この場合ノラ猫を減らすことはできない)だと、理屈では知っていてもついそこで終わってしまう傾向は、日本においては強い気がします。



まとめようとしてもまとまらない記事となりましたが、今回の事故を無駄にしないためにも、犬や猫と暮らす側の人間は、感情的にならず、決めつけをせず、そこから学べることを学びたいと思います。

本当に、悲しい出来事でした。

私が気づいてまとめることができたのは、とりあえず以上です。

長文を読んでいただいた方、ありがとうございました。



追記:最初に書いていますが、こうした事故というのは本当の本当のところは当事者以外には決してわからないものだろうと私個人は思っています。私の書いた「一般的に気を付けた方がいいと思うポイント」というのは、この事故には当てはまらないかもしれませんし、何が原因だったか、誰が悪かったか、ということを議論するのはあくまで私たちの推測にしかすぎず、簡単には部外者にはわからないことがあるだろうと私は思っています。ですからこの記事は、この事故の何かを判定するのではなく、これをあくまできっかけとして、時々起こってしまうこうした事故を将来的に防ぐために一般の私達みんながここから何を学べるかを考えたい、そしてそれによって人間社会に暮らす動物とのよりよい共存を探求したい、というつもりで書いています。ここでは、そのつもりで読んだり、コメントしていただければうれしいです。よろしくお願いします。


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撮影トリップ No. 2 [日常]

3.11 から6年。

まだまだ助けや応援を必要とする人や動物がいっぱいいるというのに、つい遠くなってしまってい日常に埋もれてしまいがちな毎日。


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気を引き締めて、一緒に考えていくことを続けていかなくてはいけませんね。

しかし世界のありとあらゆるところで助けや応援が必要なところがありすぎて、ともすると何から始めたらよいのか... というマヒ状態に陥ってしまいそうな今日この頃です。

地球の状態だって、生きものが過去60%も減っているという状態。

自然・動物をライフワークとしている身からすると、憂鬱にならずに過ごすのは難しい毎日です。

でもそんなことは言っていられない。

まずは日常から。私の場合、できる範囲で「エシカル」な毎日を送ることで、世界各地の人達・動物たちとつながっています。

普段、自分にとって大切なもの、心が惹かれるものは、エシカルなものを買ったり。

何年か前から使ってるオーガニックコットンの復興応援タオルは今もお気に入りの一つ ですが...

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安全性の確認をしたものだけ出荷、これ見ると、放射能被害は日常なんだなあと、感じます。

この「人災」が重く、暗く心にのしかかったままです。


撮影トリップがしたくなったのは、こんなこととも関係があったのかも。


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便利なこと、新しいもの、それを追求していくときりがなくて。

心が休まる、ほっとする、不便を楽しむ、そんなことも大切にしていきたい、と思っていたはずなのに。

ドイツにいる時に半ば強制的にそんな生活をして、戻ってみたらこのめまぐるしい都会の利便性にまたひっぱり込まれ。


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例えば家の気密性とか、断熱性というのは、いい面もあるのでしょうが、本来は外の空気と似たような空気を吸っていないと、一歩も外に出ない場合は別として、どうしても体調は維持しづらいと思います。

今は埃や花粉や汚染物質が大気中にあるとは言え、それを完全に避けることはできないし、そういう大気にしてしまった(なってしまった)こともまた、風通しのいい家に住んでいれば気づいていくし気にかけていくようになるだろうからです。

シャットアウトするよりも、きれいな空気を取り戻そうという方に、もっとたくさんのエネルギーが割かれたらうれしいな、と思います。


おまけ:前々回の記事の「犬はどんなジャンルの音楽を好むか」。

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写真:BBCのリンクより

BBCの記事によると、クラシックかと思いきや、ソフトロックとレゲエが一番、リラックス効果が見られたのだそう!

すでに「猫が好む音」というのも研究がされているようです。

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サイトが見られないという問題が発生していた方がいらっしゃるようですが(大変ご迷惑をおかけしました)、昨日からみなそれでてんやわんやしていたので、解決した... はずです!

もし、「チェックしてあげる」と思う方がいらしたら、下の画像をクリックして表示されなかったら、こちらにコメントいただけるとありがたいです ↓

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保護犬「月ちゃん」と、保護猫「三ちゃん」の、ナチュラルライフのブログです。